「他の誰もが兄を認めて、でも赤音さんは、兄に何一つ勝ててない俺を認めてくれた。だから……俺も、同じ気持ちです」

 月明かりが葵の顔を照らす。目を細めて優しそうな笑みを浮かべて、身長差を利用して下から覗き込むように天の顔を見つめる。

「他の誰かが、何を言っても関係ないんです。俺にとっては赤音さんが一番ですから」

 真っ直ぐに突き刺さる葵の言葉。天は顔が火照るのを感じて、でもその視線から逃れたくないと思えて、見つめ合う。

「……そ、そんなの……そっか、そう、だよ」

 葵の言葉がストンと胸の中に落ちる。天は思う。なんであいつが?と周りの声や視線に怯えていた日々を。そんなこと関係なかったということを。一番大事なのはお互いの気持ちだけなのだと。

「……うん、そうだよね」

 天は笑った。心からの笑みだった。自分の中の恋愛に対してのコンプレックスがなくなる。もっと好きにしていいのだと、気持ちが楽になった。それは葵がこんな自分を認めてくれていると信じられるから。

「ありがとう、安岐くん」

「やっぱり、赤音さんは笑っている顔が素敵ですね」

 葵は天に笑いかける。その笑顔が眩しくて、天は宝物を見るような目で葵を見つめてしまう。

「あ、安岐くん!見て!」

「え?」

 2人の間に穏やかな空気が流れる中、天は何かを見つけて指を指す。それは月に照らされた海の水面だった。キラキラと月明かりが反射してとても美しい光景だ。

「さっきまで暗くて少し怖かったけど、海って……こんなに綺麗だったんだ……」

「ええ」

 天の呟きに葵も頷く。2人はしばらくその幻想的な景色を眺めていた。不意に触れる手。天はびくっとするものの、葵の手を自分から握り返す。そんな天の行動に葵は驚いて天に視線を向けたが、天は恥ずかしそうに微笑んでいた。
 
「暗くて危ないから、手を繋いでくれるんでしょ?」

 先程の葵の言葉をとり、言い訳みたいに言う天。葵はそんな天の手を優しく握り歩き出す。

「ええ、喜んで」 

 二人の時間が夜と共に流れていった……。天は楽しい修学旅行の思い出の中に、また一つ。葵との特別ができたことに幸せを感じていた。