天はこんな感情、知らなかった。葵を自分だけのものにしたいと、誰にも渡したくないと初めてそう思えた。それと同時に、失恋する側はいつもこんな気持ちだったのかと、思い知る。

 天は自分がこんなにも嫉妬深いとは知らなかったのだ。そして、自分の身勝手な感情に葵を巻き込んでしまうことへの罪悪感が募る。こんな気持ちがあるのに、葵には彼にお似合いの瑞穂と幸せになって欲しいと願っていたから。

「あーあ……」

 脳裏に浮かぶ葵と瑞穂の姿。お似いの二人。ふわふわで可愛い瑞穂と背が高いだけの自分。こんな想い……わからないままのがよかったと嘆いて、天はこれから自分はどう葵に接していけばいいのか……そう考えて頭を抱えた。



 
「ーー見つけた」

 凛とした声が天の耳に入る。聞き慣れた声。求めていた声。天は恐る恐る顔を上げる。そこには、珍しく息を切らしていた葵がいた。座り込む天の前にしゃがみこみ、視線を合わせてくる。

「俺から逃げないでくださいって言ったのに」

 そう言う葵の顔はとても優しく、温かい。天は追いかけてきた葵に嬉しさと既に気持ちがいっぱいいっぱいなことからポロポロと涙を流した。

「やっぱり……私には無理だよ……」

 天は弱々しく言葉を返す。もうこの気持ちをどうしたらいいのかわからなかったから。葵の優しさに甘えてしまう自分が嫌になる。

「……何がですか?」

 そんな天の思いとは裏腹に、葵は優しく聞き返す。天は涙で濡れた顔を手で隠しながら答えた。

「私ね、安岐くんが瑞穂ちゃんに笑いかける度に胸が苦しくなったの」

「……」

「でもそれがなんでかわからなくて……でも、気づいたんだ。私、安岐くんと気軽に話したりとか、もう一緒にいられないのが、嫌だったんだなって」

 天は葵を困らせたくなくて、自分の本音は隠しつつ、言い訳のように言葉を重ねた。葵は天のその真意を知ってか知らずか、静かに頷くだけだった。