観客が帰る中、天はぼんやりと、自分の中の熱が冷めるのを待つ。

「赤音さん」

 葵に名前を呼ばれ、天はようやく我に帰る。見れば葵がすぐ横にいた。

「……安岐くん……私……」

 どう答えていいのかわからず天は言葉に詰まる。そんな天に葵は優しく声をかける。

「キュンときましたか?」

 葵は悪戯っ子のような笑みを浮かべ、それを見て、その言葉を聞いて、天は思わず笑ってしまった。

「……安岐くん、もちろんバッチリだよ!」

「それはよかったです」

「跪くとかずるいよーどこのイケメンの王子なのってなるじゃん。もお滾らせないでよっ」

 今まで通りのやりとり。天のことを理解して、天が何を言っても受け入れる葵。この空気が天はたまらなく大切で、手放したくないんだなと実感した。

「執筆も捗りそうですね」

「……それは、どうかな?」

 天の返しに葵は不思議そうな顔をする。今までなら即小説だ、ネタだと騒いでいたからだ。しかし、今の天は少し違う。今日のこの出来事は、自分だけの思い出にしたいと、そう思ったのだった。

「今日の安岐くんのかっこいいキュンは門外不出です」

「なんですか、それ」

「独り占めってこと」

 天がお返しだといわんばかりに悪戯っ子のように笑う。そんな天に葵は目を細め、ふっと小さく笑った。

「なんや、かわええこと言うてくれるやん」

「っ……安岐くん、関西弁ズルい」

「でもキュンしてまうやん?」

「〜っ!」

 天は真っ赤になり、葵はそれを見てまた笑った。その顔はとても幸せそうだった。



 そんな2人を遠巻きに見つめる伊丹の隣にはエマがやってくる。そして、伊丹に自分のスマホを見せた。すると伊丹は表情を柔らかくして、微笑む。隣のエマも同様に。

「いい、写真だな」

「でしょ。これは写真部の展示には飾れないや」

 2人が見ていてスマホの中。その一枚の写真。

 葵がまるで王子様のように跪き、真っ赤な顔をした天のその手を握っていた。