葵は天の手に上から優しく触れる。そして、その手を引くように歩き出した。

「あ、安岐くん!」

 天は葵に引かれて慌ててついていく。引っ張る手は優しくも力強くて頼もしいの一言だ。天より背は低いのに、手は大きくて骨ばっている。そこに男を感じて思わず頬が赤く染まる天。これはキュンだ。久々のキュンの提供だと思い込んでも、頭はちっとも落ち着かない。

「っ……安岐くん、待って」

「待てません」

「なんで、私なんかにそこまで……」

 天がそう言うと葵は少し振り返り、愛おしそうな顔を向けた。

「俺にはずっと赤音さんだけです」

 葵はそう言って、天に優しく笑いかける。天の胸がドクンと高鳴る。この感じはキュンとした時と同じ。しかし少し違う。もっと胸の奥が熱い。天にはそれが何なのかまだわからなかった。葵の手を振りほどくことだって出来るはずなのに、それをしたくないと思った自分に戸惑うばかりだった。

 会場につくと剣舞の準備がされていて剣道部の皆がバタバタしていた。葵も天と別れ準備をしに行く。剣道場内は人も多くなった。葵に案内され最前列に座っていた天がそれに見とれているうちにいよいよ剣舞の時間になり演目が始まる。

「お待たせしました。今から剣道部による剣舞です。ぜひ暖かい拍手をお願いします」

 剣道部副主将である伊丹の声を合図に剣舞のメンバーが中央に並ぶ。葵はセンターだ。

 音楽が流れ剣舞がはじまる。激しい動きで迫力があり、そうかと思えばしなやかに舞う姿は見応えのあるものだった。
 観客達全員が見とれている。天もだ。葵の動き一つ一つに目が離せない。心が高揚し胸が熱くなる。これはキュンなのか?そう感じた時、天の脳裏に浮かんだのは瑞穂の姿だった。
 瑞穂もこの会場内のどこかできっと見ているはず。本当なら一緒に語り合えるはずだった。けれどできなかった。