その言葉に天は驚く。しかし自分でもなぜ驚いたのかわからなかった。推しなのだから、また見たいのだろう。理由はわかるのだから、驚く必要などないはずなのに。そんな天の横で葵は「もちろん 」と頷いた。

「いつでもどうぞ」

 その返しに瑞穂は嬉しそうに笑った。話も終わり葵に別れを告げて天と瑞穂は改札へと向かう。天は一度振り返り葵を見た。葵は天に気づくと手を振って「またあした」と口元を動かした。
 それを見て、少し顔を綻ばせて天も小さく手を振る。自分に向けられたのが心地よくて……しかし、ふと隣を見る。瑞穂が大きく手を振っていた。天は、ああ……そうかと心が冷たくなった。自分ではなく瑞穂に振ってたのかと思えて、そりゃこんなに可愛いふわふわ後輩女子だものと納得した。

 
 帰宅後、天はお風呂でお湯に浸かりながら自分の中の感情を整理した。
 葵とまた普通に話せてよかったこと。瑞穂という同じ目線で葵を語れる同志が増えたこと。
 ……葵の隣に並ぶ瑞穂が、お似合いだったこと。

「……はぁっ」

 天は深くため息を吐く。葵が推しというある意味同じ趣味の友達ができた。それはとてもいいことなのに、天の心はどこか晴れない。

「なんでだろ」

 そんな独り言もお湯の中に消えた。



 それからの準備期間中、天はいつも通りにしていたはずだった。しかし、リッカとエマは天の様子がおかしいのに薄々気づいていた。

「天、どうしたのあれ」

「安岐葵を推せる同志ができたーって喜んでたのにね」

「喜ぶ要素なんかゼロなのに。本当何考えてんだか」

 2人は呆れつつも心配していた。天は、なぜか何かを考えて心ここに在らずな時が多々あったから。

「うひー疲れた。準備って大変だよねえ」

「ちょっと天。あんた大丈夫なの?」

「へ?なにが?」

「最近元気ないよ」