葵にとって大事なものとは、いろいろある。しかしその全てが兄に敵わない。その中でも、天だけは、絶対に奪われたくないと葵は必死になる。

 天を抱きしめる腕に力が入る。いつもみんなが静を見るから、静に心が向くから、天もそうなるのではと葵は不安で仕方がなかった。

「安岐くん、苦しいっ」

 その言葉に葵はようやくハッとして抱きしめていた腕を緩める。お互いの顔をみて、天は葵に向き直る。そして、ふわりと微笑んだ。その笑みに葵はドキッとし、天から手を離す。

「大丈夫。私はどこへも行かないよ」

「……なんなんそれ……根拠ないやん」

 葵の呟きに天は苦笑いを浮かべた。そして立ち上がる。

「根拠はないかもしれないけど、信じてほしいな。私ね、いつも思うんだ。安岐くんのおかげで毎日楽しいって」

 その言葉に嘘偽りはない。葵と出会いキュンをたくさんもらい、いろんな事を一緒に経験して、充実していた。そんな天が葵を見捨てるはずがない。

「毎日楽しい?そんなん、なんの意味もないわ。そんなんしてても、俺の手から離れてく。全部、そうやった」

 吐き捨てるように葵は言う。葵はずっとこんな劣等感を兄に抱いていたのかと天は知って、息を呑む。
 だから今日の部活で見たあの鬼気迫る姿に繋がるのかと、確信した。大事なものを必死に守ろうとする気持ちが、剣を奮う姿に表れていたのだと。
 

 天は葵の抱えているものを聞いて、胸が痛くなった。それと同じくらい守りたいと思った。

 初めて聞いた葵の必死な叫びを受け止め、天は葵の手を取り強く握る。


「安岐くんはいつもかっこいいよ。私にとっては安岐くんが一番」

「は?何言って……」

「私が一番ドキドキするのは安岐くんなんだよ?」

 そう言って天は少し頬を赤らめる。そんな天が可愛くて、葵は思わず抱きしめそうになる衝動にかられる。しかしグッと堪えた。