話が終わり沈黙する。しかし、このままではいけないと思ったのか、天は再び葵に声をかける。

「安岐くん、私ね……安岐くんが悩んでることとか何にもわからない。でも力になりたいなと思ってるよ」

 その言葉にも葵は答えない。天は気にせず続けて言葉を紡ぐ。

「静さんも安岐くんを心配してたよ。2人ともいろいろ何か誤解してるような気がする」

 天の言葉に葵がピクッと反応する。その反応を見て、やっぱりと天は思った。

「ねえ、安岐くん本当は静さんのこと」

「なんなん……さっきから静、静て耳痛なるわ」

 葵の雰囲気が変わったのがわかった。天はそんな葵に戸惑う。

「兄貴と何話してたん?兄貴の凄さでも聞かされとった?子どもの頃から何でも一番で、俺なんか足元にも及ばんくらいのレベルの人やって」

 葵は淡々とけれど吐き捨てるように話す。それは怒りというより、悲しみを一つ一つ言葉にするような、そんな痛々しい姿だった。

「赤音さんも、兄貴がすごいって思ったんやろ?わかるで、当たり前やん。兄貴はすごいんや。俺は一回も兄貴に勝てたことない。勉強も運動も、剣道すら」

 葵は悲痛に顔を歪ませ心の内を吐露する。天は何も言えず、ただ黙って聞いていた。

「大人はみんな兄貴を褒める。そりゃそうや。俺かてわかる。俺が何かしても、兄貴の栄光の前には塵と同じや。ずっと、ずっと……苦しいねん」

 そう言って葵は天の手を強く引き、自分の胸の中に閉じ込めた。突然のことに天は抵抗もできずされるがままだ。しかし、すぐにその状況を理解し慌てて離れようとする。

「ちょ……っ!安岐くん!?」

 だが、葵は離さない。それよりも気持ちが溢れて止まらなかった。

「兄貴がすごい。そんなんわかっとんねん。わかっとるけど、せやけど……大事なもんだけは、取られとうないっ」