どんなに頑張っても勉強も運動も全て静の陰に隠れる。大人も静をまず褒める。唯一の自分の好きな剣道さえも敵わない。それから葵はそれまで以上に剣道に必死に打ち込み、それでも静に勝てなくて、更に打ち込む無限ループとなる。

 静が高校卒業後、剣道を辞めても、それすら勝ち逃げと葵は捉えていた。

「あいつは、必死に俺を超えるための何かを掴み取りたいんやろうな。せやけど、俺には教えてくれへん。そもそも、俺があいつにとっては邪魔なんやろうけどな」


 葵が大切にしているものを奪おうとした存在だから。そう苦笑いする静。天は首を横に振る。

「前に安岐くん、お兄さんがいるって話してくれました。本当に邪魔なら、その存在すら人に教えないんじゃないですか?」

「せやかて、こないに距離取られとるからな。これが何よりの事実やん」

 静の言葉を天は否定する。いつも剣道に一生懸命な葵の姿を思い描いて、あのかっこいい姿は嫉妬や恨みなどドロドロとしたマイナスなイメージから生まれるものではないと信じてる。

「安岐くんにとって、静さんはきっと目標みたいなものだと思うんです。だから超えたくて必死になる。本当に嫌なら、そんなことしない」

 その言葉に静は目を見開き、ふっと笑う。

「せやね。……天ちゃんは、葵のことようわかっとるんやな」

「……安岐くんは大切な友人ですから」

「そっか」

 静はどこか安心したような表情を浮かべてコーヒーを飲む。そして、また口を開いた。

「でもな?俺はもうええねん。葵の邪魔したないし、あいつに嫌われとるんならそれでもかまへんわ」

 そう言って笑う静の表情はやはりどこか寂しそうで、無理をしているようにも見えたが、それ以上天は何も言えない。この先は葵と静の2人にしかわからない問題だから。

 天は眉根を寄せて口を結ぶ。

「そない悲しそうな顔せんでや」