そう言って葵は道場の奥の部屋に入る。先程から他の部員もそこから制服姿で出てくるので部室なのだろう。天は出てくる部員と目が合わないように少し俯きつつスマホのメモ画面を開く。
 今日のやりとりも忘れないうちにプロットに入れておこうとして、ふと思い出す。

 葵の見せた雄の色気のある笑みをーー……。


 天は一気に顔が熱くなった。

「ちがう、これは……そう!創作の糧だ!」

 天はそう自分に言い聞かせる。
 葵のあの雄の笑みが、頭から離れない。胸がドキドキと高鳴るのもきっと気のせいだ。そうに違いない。

 だからこれは小説を書くための材料。このキュンすらもアウトプットして還元してやると天は意気込む。

 しかしそんな天の思考を遮るように着替え終わったらしい葵が出てきた。道着から制服に着替えてもやはり剣道部主将らしく、その立ち姿は凛々しくてかっこいいなと天は思った。
 いや、あの袴姿も相当かっこいい……違う、ちがう!

 天は煩悩を打ち消して、葵に連れられるまま並んで歩きだす。


 昨日と同じ帰り道。

 自転車を押して、歩調も合わせてくれる葵。天はなんだか落ち着かなかった。妙な緊張感に冷や汗が出そうである。

「赤音さん、そういえば電車ってどこまで乗ってるんです?」

「……え?ええ……と、〇〇駅だけど」

 不意に話しかけられて天の反応が一瞬遅れた。しかし葵は気にしていないのか、会話を続ける。

「じゃあ俺と同じ方向ですね」

「え?」

「俺も最寄りは〇〇駅なんです」

 その発言に天は驚く。てっきり近場のチャリ通民かと思っていたからだ。

「結構、距離ない?」

「30分くらいですし、トレーニングにいいんですよ」

 そう言う葵の顔は爽やかで、こういうところは運動部なんだなと天は感心した。自分なら絶対に30分も自転車を漕ぎたくはない。