葵はそれだけ言うと、そっと手を離した。そしてまた空を見上げる。天はそんな葵の横顔をそっと見て、自分の胸に手を当てた。ドキドキしているのがわかる。こんなこと、キュンとしないわけがない。これは単にキュン提供なのか、それとも……。

 『ドン!ドン!』と次々に打ち上がる花火の音を聞きながら、天も空を見つめたのだった。


 花火の余韻に浸りながら、天と葵は夜道を並んで歩く。もう遅いから家まで送るという葵に素直に頷いて、この状況になったが、2人の間に会話はない。それでも、不思議と居心地の悪さは感じない。むしろ落ち着くような、そんな感覚だ。

 葵もそう思っているのだろうか、それなら嬉しいなと天は少し目線を下げて隣の彼を見るがやはり表情は読めない。今日も大変たくさんのキュンをいただいたのだ。これ以上は高望みかと視線を前に戻す。すると、葵が口を開いた。

「あの……赤音さん」

「ん?」

「その……今日はありがとうございました」

「え?なんでお礼?」

「だって、俺の我儘を聞いてくれて、こんなに楽しい時を一緒に過ごせましたから。俺は、今日のことを忘れません」

 葵は愛しそうなものに対するような、穏やかな声で告げる。またなんでそんなにと思う天。葵はどんな想いを抱いているのか、本当にそれは勘違いじゃないのか。天の中でネガティブな思いが出てこようとする。

 恋愛はよくわからない。葵の向ける矢印が何を意味するのか、天には難題。
 それでも天にとって葵との時間は楽しいことに変わりはない。ごちゃごちゃ考えずに、やりたいようにやればいいのかと天は思い始めた。

「私も楽しかったよ」

 だから、天は自分の気持ちを素直に伝える。葵も驚いたように目を見開いたが、すぐに笑う。

「それならよかったです」

 嬉しそうな顔をする葵にキュンとなった天は、やっぱりこの気持ちは多くの読者と共有したいなと思い、脳内でメモをとる。少しニヤつく顔の天を見て、葵は察したのかクスリと笑った。