それだけ伝えると響は離れて歩いていく。去り際、すれ違いざまに葵にも挑発的な笑みを見せた。

「ノロノロしてたら奪うからな」

「……渡しません」

 2人にしか聞こえない小さな声で交わされた言葉。響は葵の返しにもう一度ニヤッと笑ってそのまま振り返らず去っていった。


 葵は響の背中を見つつ、天に向き直る。微笑む葵に天は首を傾げた。

「安岐くん?」

 何もわかっていない天。葵はこの純粋なところにも惹かれていた。恋がわからないという天のことを考えて、彼女が望むときめきやキュンを提供して。ゆっくり天が自覚するのを待つ気でいた。

 しかし、響に煽られて考えを変える。

「赤音さん」

「ん?なーに?」

 葵は天に近づき、少し見上げて、その後頭部を優しく撫でる。

「自覚がないのは知っていましたが……」

「うん?」

「少し、危機感をもたせます」

「え?どういう……っ!?」

 葵は天に顔を近づけるとその額に自分の額を重ねる。触れるだけのその熱に天は驚きで目を見開く。しかし、抵抗らしいことはせず葵の服の裾をぎゅっと握るだけだった。

「もう、俺以外によそ見したらあかんで?」

 真っ直ぐに告げられる言葉に一瞬の間の後「え?」と困惑する天。そばで聞いていた伊丹達も目を丸くし、成り行きを見守る。

「安岐くん?それは、いったい?」

「もう、俺以外のこと考えられへんように、頭ん中俺でいっぱいにしたるわ」

 葵はそれだけ伝えると、天の横を通り過ぎリッカとエマといる伊丹の所へ向かう。その背中を眺めるしかできない天。

「え?ちょっ……安岐くんっ!今の何!?」

「さぁ?何でしょう」

 慌てる天に素知らぬふりをする葵。そんな2人の様子に伊丹達も呆然とするのだった。

「安岐葵が仕掛けた」

「天の顔、真っ赤うける」

「うわー、安岐のやつ攻めるなぁ。えぐっ」

 3人ともそんな言葉を漏らし、しかしその顔は穏やかで。天と葵を優しく見守っていた。