「この部屋、甘いにおいがする…」




小さく呟かれた、独り言のような言葉。


甘いにおい。ついに来たかもしれない。



夢の中で会った女の子に忠告された、甘いにおいの支配力。




「ちひろちゃん、ごめんね。甘いにおいがするって言ったかな?」


「……はい」




これだ。我を忘れる前の出来事。あの夢が夢でなかったら…。




「手続きは全て終わりましたので、また何かあればよろしくお願いします。では」




全てがスムーズに進み、廊下で聞こえる主治医の声。


スリッパを床に擦る音を大きく響かせると、みんなもそれにつられて帰ろうとする中、ちひろちゃんのことが気になって仕方ない僕は、病室から出られないでいた。