「高野くんから直接聞いたわけじゃないけど、」

アップルパイにかじりつきながら教えてくれた。

「足の怪我だって」

「怪我…」

怪我での退部は相当、(こた)えただろうに。そんな暗さを微塵(みじん)も感じさせず、いつも親切で優しい高野くんの心は(いた)んでいないだろうか。

あ、そうか。
あの時の、表情はーー彼の本心だったのかもしれない。

図書室から見える校庭でランニング中の陸上部を前に、高野くんの横顔は無表情だった。冷たい目をしていた。

どうしたの?
目を逸らさずに勇気を出して聞いていたら、高野くんは答えてくれただろうか。彼の心を少しでも軽くできただらうか。

いいや、私なんかに話したところで変わりはしないだろう。


「高野くんって、凄いね…」

心からそう吐き出した。


「本当だよね。高野くんみたいな王子様がいたら、普通は取り合って女子同士が()めそうだけど、そういうの一切ないよね。たぶんだけど、高野くんって女子の振り方とか、接し方が上手いんだろうね」