「ちゃんと、乾かしてね」

バッグから取り出した折りたたみ傘を陽太に握らせる。

その手は、氷のように冷たかった。

このままでは風邪引いてしまう…。
病気名は?どこの病院?何時から手術?聞きたいこと山ほどあり、詳しく聞たかったけど今はダメだ。

これ以上、この場所に彼を(とど)まらせておくことは命に関わるような気がした。

伝えたい言葉はひとつだけ。


「私、ずっと待ってるからね!」

雨でぐちゃぐちゃになった顔は不細工だろうけど精一杯、笑う。

陽太は無表情のまま空を仰いだ。

ちゃんと、届いている?


「またね!」

「うん……」

陽太を置いて走り出す。

全力で走った。
こんなに本気で走ったことはないくらいに、脇目も振らずに走り続けた。


大切な人が、病気になった。

彼にフラレた喪失感よりも、哀しみの方が大きかった。