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「先輩、分かりません」
 開始から十分も経たない内に
私は早くも壁にぶち当たった。

 教科書の解説を見ても、
何が何だか分からなかった。

 すると、対角線上に座っていた先輩が
私の隣に移動して来た。

「どれ?見せて」

 近い‼︎

「これなんですけど……」

 先輩の息遣いが鮮明に聞こえるし、
何か爽やかな匂いするんですけど‼︎

「確率の問題か。
この手の問題は図を書くと
一気に分かりやすくなるよ」
「なるほど……」
「問題文を最初から読もうか。
 一個のサイコロを五回投げる時・・・。」
 先輩は私に問いかけたりしながら解説を進めた。
形式としては以前通っていた個別指導塾の授業に
似ていた。
 噂通り、先輩の教え方はすごく分かりやすく、
私もすぐに理解することが出来た。
 再びワークを解いていると、

 ーバンッ!

 突然、そんな音が辺りに響いた。

 手を止め、顔を上げると部屋は真っ暗だった。
 状況を飲み込むのに少し時間がかかった。

(今、停電してるんだ。
 それでさっきの大きな音は
ブレーカーが落ちた音だ。)

「柚木さん!大丈夫?」
「はい、大丈夫です」
「良かった……」
「ちょっと、待ってね……照らすから」
 先輩は
スマホの懐中電灯機能を使おうとしているようだ。

 すると、突然、手のひらに温かさを感じた。
まるで、人肌のような……

「あれ?スマホ。
ここら辺に置いたはずなんだけどな」

 まさか。


 暗闇に目が慣れてきて、視線を下ろすと、
私の手は先輩にぎゅっと握られていた。
 とても温かくて、心地良い。

 先輩の指は細いけれどゴツゴツとしていて、
男の人なんだなって意識させられる。

幸せすぎるよ、こんなの‼︎

 一生このままが良いなんて、わがままかな。

「あっ!俺、手!」

 どうやら、気付いてしまったようだ。
 先輩はすごく焦っている。

「ごめん!」

 手が離れた。

「い、いえ!私は大丈夫です」
「手探りで、スマホ取ろうとしたら、
手に触れちゃってたみたい」
「スマホ、どうぞ。私の近くにありましたよ」
「ありがと、柚木さん」

 スマホのライトが点いて、
やっとお互いの姿がはっきり見えた。

「戻らないね」
「そうですね」
「もう少し待たないと、いけなさそうだね。
勉強に戻るのもアレだし。
あ、俺聞きたいことがあったんだった」
「私にですか?」
「うん、柚木さんの下の名前ってしおりだったよね。ご両親も本好きなの?」
「はい、うちの親も結構インドア派で。
本をたくさん読んで物知りな子になってほしい
みたいな願いが込められてるらしいです。 」
「素敵な由来だね。名は体を表すっていうのかな」
「先輩はどんな由来なんですか?」
「俺は……。何だっけ。
 賢い子に育ってほしい的なのだったかな」
「じゃあ、似てますね」
「確かにそうだね」
「……」
「……」

 話が終わると、沈黙が流れた。
 会話続けなきゃ、何か話題無いかな……。

うーん……。

よし、これでいこう。

「私、実は高校に入る前までは、
眼鏡してたんです」
「へぇ、そうだったんだ。
ってことは、今はコンタクト?」
「はい」
「どうなの、コンタクトって。
 俺もちょっと興味はあるんだけどね、
目に入れるの怖くて」
「私も最初の方は異物が入ってる感じがイヤでした。でも慣れてくると何とも思わなくなりましたよ」
「ふーん、やっぱりそういうものなんだ。
あ、ごめん。話さえぎって」
「いえいえ。で、さっきの続きですけど。
冬場だと、結構レンズって曇るじゃないですか」
「うんうん、なるね」
「曇り止めしててもなる時ありません?」
「めちゃくちゃ分かる。あれ嫌だよねー」
「周りに人がいる時とか曇ると
恥ずかしくなりますよね!」
「そうそう!」
「でも、砂埃みたいなのが来た時、
目元保護されるから良いですよねー」
「ね、眼鏡かけてる人の特権みたいな」
「あれ戻りましたね?」

 私と先輩が眼鏡あるあるで盛り上がっている間に
電気が復旧していたようだ。
「そうだね。良かった。この後、どうする?」
「どうって……」
「勉強会。続ける?」

あっ、勉強会のことか。
ビックリした、
デートのお誘いでもされるのかと思っちゃったよ。


「うーん、中断されちゃいましたし時間も遅くなったので、今日はこの辺で。」
「うん、いいんじゃない?
柚木さん、十分頑張ったからね」
「ありがとうございます!」
「明日もやる?」
「えっ、いいんですか?」
「もちろん。
まだワーク、全然終わってないでしょ?」
「はい、じゃあ、
明日も引き続きよろしくお願いします」
「じゃあ、先出ていいよ」
「あの!先輩。」
「何?」

 『ライン教えてください』

 そう言おうとしたけど、やめた。
 まだ、そんなに仲良くなった訳でも無いのに、
連絡先を交換するなんて
先輩に迷惑じゃないだろうか。
 そんな考えが頭をよぎったから。

「やっぱり、何でもないです」
「そう?なら、いいけど」

 少し変な空気にしてしまった。

 その日は少し暗い気持ちで、家路に着いた。
 
 あれから、テスト当日までに先輩との勉強会は
三回ほど行われた。
数学のワークが一通り終わった後、
化学も教えてくれた。

 先輩は理系男子らしい。