「でも、柚木さん、
すごく悲しそうな顔してたから。
はい、ハンカチ。使っていいよ」


「ありがとうございます……」

私は差し出された紺色のハンカチで、
涙を拭いた。

先輩はどこまでも優しい人だ。
 別れ際だっていうのに、
どんどん好きになってしまう。

「これ、洗濯して返しますね。来週」
「でも、もう夏休み始まるよ?」
「あっ、そっか。じゃあ、明日。
学校に来て、渡します。
どっちにしろ、学校に来る予定だったので」

お礼の手紙も添えた方がいいかな。

「うん、分かった。ありがと。あのさ。
柚木さん、俺がいなくなってもやっていける?
特に数学の勉強」
「まぁ……。何とか頑張ります」

 そう言うしかない。

「あ、それに!無料で見れる映像授業で、
すごく分かりやすいのがあるって言ってたじゃないですか。それとか見て頑張りますよ!」

 そんなの嘘。
 本当はそれがいくら分かりやすいものだとしても、先輩じゃなきゃヤダ。


 先輩じゃないとダメ。


「次も赤点取らないように頑張りますね!」

 私は無理矢理笑顔を作って明るくそう言った。

「ほんとにごめんね」

 今日、先輩から謝られるのは何度目だろう。

「俺ね、さっき気付いたんだ。
 柚木さんが泣いてるの見て、
柚木さんがどれだけ俺のことを
頼っててくれてたのか」

 先輩は涙混じりの声で続けた。

「それが分かって、余計後ろめたさみたいなものを感じてさ。俺、ダメな先輩だね。後輩を不安にさせて……。ほんと、自分が情けないよ」
「っそんなことないです!先輩はすごい人ですよ」

 具体的に褒めるのは気恥ずかしくて
小学生の感想みたいになってしまった。

「先輩はダメなんかじゃないです……。
先輩は、とっても魅力的な人だし
私は出会えて良かったって思ってますよ」

待って、言ってから気付いたけど、
これ、ほぼ告白じゃん⁉︎

「な、な、な、何でもないです」

慌ててその言葉を取り消そうとしたけど、

「ありがと、そう言ってもらえて元気出た」

先輩は特に引っかかってないみたいだった。

「それは良かったです」
「短い間だったけど、
柚木さん、楽しい時間をどうもありがとう」
「いえいえこちらこそ。
今まで、ありがとうございました」

 私は深々と頭を下げた。

「まあ、本当の最後の日は明日だから」

そうだよ、まだ明日がある。

「俺今日は早く帰らないといけないんだよね」

先輩が腕時計を気にしながら呟いた。

「えっ!ごめんなさい!
こんな長く話しちゃって……」

「別に大丈夫だよ。それに」

それに?

先輩は一息置いて、

「相手が柚木さんだったら、
どれだけ時間取られても気になんないし。
許せるよ」

目を細めてくしゃっと笑った。

え……

先輩。
それって、どういう意味ですか……

なんて聞けるはずもなく。

「明日、十時にまたここにきてほしい」
「えっ、はい分かりました!」
「じゃ、バイバイ」
「はい、さよならっ……」