『一目惚れ』

 それは恋愛における邪道中の邪道と言っても
過言ではないだろう。
 だって、相手の内面なんて、
一切知らずに見た目だけで好きになってしまうんだから。
 まさに今、そんな経験をしている女が
そう偉そうなこと言ったって、説得力なんて、
微塵も感じられないのだろうけど。
 私は一冊の本を手に取った。
 全く知らない作品だけど、
カバーの『今年度一の青春恋愛小説!』
なんていうありきたりなキャッチコピーに惹かれた。
 私にもそんな未来があるんだろうか
なんて心を踊らせて。
 でも、きっと無いんだろうな。

 ただでさえ、低かったIQがことごとく
下がっているのをひしひしと感じる。

「あぁ」 

 恋というのは、どうして、
 こんなにも、
 苦しくて、甘酸っぱくて、
 愛おしいんだろう。
 
 
 ー六月八日
 図書室に行こうと思う。
 少し前に五ヶ月分貯めた貯金で買った漫画やらラノベを全て読破してしまったので、今度はコスパ良く良書に出会おうと利用を心に決めたのだ。
 ここに来るのなんて、
四月の国語の授業以来かもしれないな、なんて思いながら、私は引き戸を開けた。

 ーガラガラ。
 思いのほか、大きい音が鳴って、
私は肩を縮こめた。
図書室の入ってすぐ横に、消毒液のボトルが置いてあったので、私はそれで手指消毒をした。
 本は綺麗な手で触らないとだもんね。

「その紙に出席番号と名前を書いてください」

 足を進めようとした瞬間、
カウンターの方からそんな声が聞こえてきた。
 近くのテーブルを見ると紙が挟まれたバインダーが置いてあった。
 ああ、これ誰が来たのか分かるように
記録するやつだ。
 それによれば、今週はまだ二人しか来ていないようだった。
 意外と図書室って人気無いのかな。まあ最近は若者の本離れも進んでるっていうくらいだしね。
私みたいなタイプは珍しいのかもしれない。

 一年三組三十八番、柚木しおり っと。

 図書室は心が落ち着く。
 本屋さんもだけど、
やっぱり私は本が集まる場所が好きだ。
 高校の図書室ともなると、
かなり専門的な本もあり、見ているだけで楽しい。


 気づけば三十分が経っていた。

 もうこんな時間か。
 せっかくだし、何か借りて帰ろうかな。
 さっきまで読んでいた小難しい心理学の本は
面白かったけど、とても一週間で読み切れる分量ではなかった。

 借りるのは別の本にしよう。
 私はずっと気になっていたシリーズ物のラノベを
見つけたので、その第一巻を手に取ると、
そのままカウンターへと向かった。

「あのー」

 カウンターには、男子生徒が一人。
 彼は司書さんの代わりにいるようだった。
 図書委員なのだろうか。
 何やらパソコンと向き合って作業していて、
私には気付かない。

「すみません……」

 もう一度声をかけると、
彼はこちらに気付いたらしく、顔を上げた。

「本の貸出ですか?」
「はいっ、そうです」
「じゃあ、バーコードをスキャンするので、
本を一回貰ってもいいですか?」
「あっ、はい」

 私は男子生徒に本を渡した。
 
 その瞬間、彼と目が合った。
 
 銀縁の丸眼鏡の奥からは
 パッチリとした黒い瞳が覗いていた。

(……あれ?
 この人、なんかかっこいいかも。)

 私は直感的にそう思った。
 体は尋常じゃないくらい熱くなって、
胸の鼓動もうるさくなった。

 ー彼の顔を見られなくなった。

 失礼な事をしているのは、もちろん分かっている。
 でも、もし、今、彼の方を見たら、
もっとドキドキしてしまう気がして。

「貸出期限は一週間です。
 なので、一週間経ったら返しに来てくださいね。」
「はい、分かりました。」

 彼が手渡した本を素早いスピードで受け取ると、
私は「ありがとうございました」と言って
急いで図書室から出た。


 胸に手を当ててみた。
 まだ、鼓動は早い。

 私はどうやら名前も知らない相手に
心を奪われてしまったらしい。


 人生初の『一目惚れ』だった。