「えっ……」

 ジェダから「会わせたい人がいる」と言われた途端、心臓を掴まれたように息が出来なくなる。すぐに「ごめん」と謝ったものの、その間も恐れていた嫌な想像が頭の中を回り続ける。

(そうだよね。三年もこの世界に住んでいれば、恋人くらいいてもおかしくないよね……)

 恐れていた日がとうとう来てしまった。ジェダが私から離れて、別の女性の元に行く日が。

「この後、少し出掛けてくる。その人、あまりこの街に来たことが無いんだって。だから迎えに行くつもり。夕方前にはこっちに着くみたいだから。その時にコトにも会って欲しいんだ。きっと夢を叶える手助けをしてくれるから。このチャンスを逃して欲しくない……」

 これ以上、聞いていられなかった。
 ジェダの言葉を遮るように、音を立てて椅子から立ち上がる。

「もういいの。もう止めるから……」
「止めるって……夢を……?」
「私、結婚することにしたから。お母さんに言われて、今日会うことになっているの」
「結婚? どういうこと!? 俺は何も聞いていない!」
「いつまでも叶わない夢を見ていないで、現実を見ることにしたの。だって辛いだけじゃない。遊ぶ時間や寝る間を惜しんで何文字書いても、選ばれるのはいつも違う人。そんな選ばれなかった行き場の無い駄作ばかり何十作品も溜まり続けるのよ!」
「そんなことはない! コトは自分のブログで作品を公開していたよね! 面白かったって言ってくれた人もいるよね!? その人はどうするの?」
「感想を言ってくれた人って……。いつも同じ人だよ。結局はその人しか面白いって言ってくれないじゃない。小説家になるということは、誰もが面白いって思うような作品を書かなきゃならない。でも私にはそんな作品が書けないの!」

 私は公募で落選した作品をこのままお蔵入りさせるのは勿体ないからと、自分のブログに載せている。運が良ければ、出版社や編集者の目に留まるかもしれないと思って。でも今のところ、そんな話は一度だって無い。
 唯一感想をくれる読者さんが一人だけいるけれども、でもその人しか作品を読んでくれない。自作を読まれるためならなんでもしたし、挑戦もした。それでもたった一人の読者さんしか得られなかった。
 好きなものを書きたいだけなら、プロの小説家なんてならなくていい。誰にも見せずに細々と書くだけなら、いつでも出来る。
 それは結婚して、子供が産まれてからでも遅くない。でも結婚と出産は若いうちしか出来ない。
 夢を見るだけなら、いくつになっても出来る。今はお母さんの言う通りに結婚するべきだろう。