芳口湊、と書かれたネームプレートと顔を交互に見る。
 温かな光が病室に差し込み、長閑な空気が漂っているというのに、私の心は緊張感で満ちていた。
 恐らくそれは、姉も同じなのだろう。余計なことは言うな、という無言の圧を感じた。

 大丈夫。お姉ちゃんがこの人を本当に好きだろうが、そうじゃなかろうが、私は邪魔しないよ。
 この人と上手くいって、お姉ちゃんが私から離れてくれさえすれば……なんだって協力する。……もう、私の人生を邪魔されたくないから。

 だから私はいい妹、という仮面を貼り付けた。

「えーっと、初めまして、と言っていいのか分かりませんが、一ノ瀬栞です。その、姉を責めないで上げてください。一般職に勤めている私と看護師の姉とでは、なかなか時間が取れなくて……」

 実際は違うけれど、相手は医者。それも大病院の跡取りだ。中卒出の一般事務が、どのような会社に勤めているかなんて、想像もできないだろう。
 多分、テレビドラマや漫画で見る、OLを思い浮かべているのかもしれない。
 本当は小さな会社の安月給で、電話対応から受注や発注、資料制作に整理。社長との距離がすぐそこ、等々。分かるとは到底思えなかった。