「何を言っているの? まだ婚約者であって、家族ではないのよ。結婚していない、親族でもない人間がいたところで何になるのよ。邪魔なだけでしょう?」
「尤もらしい理由だが、本音は違うだろう。栞に戻って来てもらいたい理由はなんだ? 湊よりも条件のいいヤツを見つけるためか?」

 つまり、尚史さんから見ても、湊さんはもう姉にとって魅力的な男性ではなくなったのだろう。
 地位と名誉、お金。さらに自分をより良く見せてくれる相手を姉は求めているから。

「……そのためには、確かに私が必要だよね。お姉ちゃんは常に私をダシにいい子ぶったり、苦労人を装っていたりしていたから」
「苦労人は事実でしょう!」
「お姉ちゃんの学費を払ったのは私だよ! 私より苦労していないくせに、よくそんなことが言えるわね。返すって言ったんだから、今すぐ返してよ。そしたら、戻ってあげるから」
「……無理よ」

 ほらね。そもそも姉に返済する意思などないのだ。

「それでもよく考えて、栞。足の怪我はその男がやったのも同然なのよ。間接的でも、主犯であることには変わりないんだから。そんな男と、これからもやっていくつもり?」
「栞、俺は……」

 傍で苦痛な声を出す尚史さん。私は安心させるように微笑んだ。そして、真逆の顔を姉に向ける。

「論点をすり替えないで、お姉ちゃん。そもそも芳口先生が尚史さんを利用しなければ、起こらなかったことなんだよ。お姉ちゃんが芳口先生に乗り換えなければ、というのもあるけど」

 だからね、すべてを尚史さんに押しつけるのは、筋違いなんだよ。