「……そう、だな」

 尚史さんは観念したように、体を少しだけ離してくれた。

「俺の焚き付けに乗ったくらいだ。アイツが一ノ瀬を恨んでいるのは分かるだろ。自滅させるためには、お前を狙うのが有効的だった」

 そう言いながら尚史さんは姉を見る。

「だが、お前に何かあれば、湊が先手を打ってしまう。そしたら湊を追い込むことができない。だから栞を……一ノ瀬妹に何かあれば、姉のお前もダメージを受けて慰められるだろう? 恩も売れて、さらに離れられなくなる。湊にはそう言って納得させた」
「……それでどうやって芳口先生を追い込むの?」

 尚史さんの最終目的は湊さんから離れることだ。
 向こうの良いように進めたら、ますます遠ざかってしまうような気がした。使える、と判断した相手を手放すとは思えない。

「アイツは湊の従兄弟だ。院長は妹さんからアイツの面倒を任されているが、現場の担当は湊なんだよ。立場も年齢も近いから。だから問題があれば、すぐに湊へ非難がいくことになる。さらに公の処理を院長が担当すると、自然と湊がこれまでしてきた所業が明るみに出て……」
「だから今、湊さんが大変なことになっているんじゃない!」

 しかし尚史さんは冷静だった。

「一ノ瀬。お前はそんな湊を放って、どうしてここにいるんだ? それも、栞に会わせろと。いや、返せの間違いだったか? どちらにせよ、婚約者とは思えない行動だな」