けれど岡先生はどうだろうか。

 姉の前でキスされてから、これ見よがしにしてくるけれど……。
 笑う岡先生に手を伸ばすと、それが合図になったかのように近づいてくる。そしていとも簡単に唇が重ねられた。

「んっ」
「この手は悪魔の導きだな。そんな顔で差し出されたら、したくなるだろう?」
「っ!」

 あながち間違ってはいなかった。こんな場所で医者と患者が……。

「岡先生のせいで本当に悪い女になりそうです」
「いいじゃないか。芳口病院一の悪評外科医の女としては」

 仮ですよね、という言葉が言えずにいると、岡先生は意地悪そうに「ん?」と顔を傾ける。それを私は可愛いと思ってしまっているのだから、これはもう重症だった。

 だから、わざと話題を変えた。

「それで、これからどうするんですか? 当初の予定とは大分、違いますけれど」
「そうだな。当初は俺たちの関係を言い触らしている一ノ瀬姉の悪行を湊に見せて、幻滅。婚約破棄後も諸々、信頼を無くしたところで、院長夫妻に気に入られている栞が助言。という手筈だったんだが、栞と一ノ瀬姉のこともあるしな」

 そう。あの日、私は院長夫妻、特に園子夫人に「岡先生のような人物を傍に置いたのが間違いだったんです」と言う役割のために、偽装恋人を持ちかけられたのだ。