それがどのくらいだったかは覚えていない。私の事故は突発的で、岡先生に会ったのも、今日が初めてだというのに、その内容はとても緻密なものだった。

 まるで、ずっと計画していたような。そして、それを実行できる相手を待っていたような。

 偶然か、必然か。

 私は岡先生の顔が離れていくまで、言葉を発せられなかった。

「どうだ。面白いだろう?」
「……一つだけ、難しい点があります」
「何だ?」

 これは分かっていて聞いているらしい。岡先生の顔がニヤついていた。

「……私たちが特別な関係でないと、成し遂げられない、と思ったんです」
「特別な関係ね~。お互い子どもじゃないんだ。言葉を濁さずに言ったらどうだ」

 どうして強気な、いや恥ずかし気もなく言うんだろう。だから私は、目を逸らしながら言うしかなかった。

「恋人同士でなければ、できない話だと言っているんです!」
「そうだ。だからずっと、偽装恋人ができる相手を探していたんだよ。相手が女で、しかも俺と同じく、湊に近しい存在。でも近過ぎると裏切られる可能性もある」
「だから、私がちょうど良かった、と」

 私もまた、姉と離れたがっていたから。

「あぁ。それに恋人といっても、期間限定の恋人だ。上手くいってもいかなくても、湊たちが結婚するまでの間柄。アイツらから離れられるのと、俺から離れられるのは同時だ。だから栞にとっても、悪くない話だと思うんだが」
「……そうですね」

 成功報酬を得たと同時に解消する偽りの恋人関係。確かに悪くない話だった。

 かくして私は岡先生の偽装恋人になり、姉と湊さんが戻って来るまで、念密な打ち合わせをした。
 これが、警察が来るまでのんびりとしていられなかった、二つ目の理由である。