「いいのよ、一ノ瀬さん。って、やだ私。一ノ瀬さんが二人いるのに、これじゃぁ紛らわしいわよね。琴美さん、栞さん、とお呼びしてもいいかしら」

 院長夫人こと、芳口(よしぐち)園子(そのこ)さんは、そう言いながら口元に手を当てて微笑んだ。その一つ一つの仕草がとても上品に見えて、私も姉も自然と恐縮してしまう。

「こ、こちらこそ、院長夫人に下の名前で呼んでいただけるなんて、光栄です」
「琴美さん、大袈裟よ。それにね、発見から救急車の手配、さらに夫の病院に運んでもらってから付き添いまでした患者なんて、栞さんが初めてなの」

 私も姉が勤務する病院の院長夫妻に助けられたのは初めてです。

「だからどうしても気になってしまって。こうして顔を覗きに来てしまったというわけなの。病院内で私がうろつくと、周りが遠慮しちゃうから避けていたんだけど、今回はどうしてもね。夫もいいと言うから甘えさせてもらったのよ」

 まるで鈴を転がすように話す園子夫人。夫の芳口院長とも仲がいいらしく、日課である朝の散歩コースを一緒に歩いている時に、私を発見したんだそうだ。

「院長先生にもご迷惑を……いえ、妹を助けていただき本当にありがとうございました」
「琴美さん、顔を上げて頂戴。貴女も大変だったのだから。幸い、栞さんの命に別条がなくて、私も安心したわ」
「はい。警察が言うには、栞を轢いたのは一台のみだそうです」
「あまり車が通らない道路だったのが幸いしたのね」

 逆に言うと、そんな道だから車が来るとは思わなかったのだ。