「うん。今日みたいに雨の降ってる日に、斉藤さんが傘を貸してくれたことがあったんだけど…」
私は遠い日の記憶を思い出した。

その日は、梅雨に入ったばかりで、学校から帰る時になって急に雨が降り出したのだ。
傘の忘れた人たちは、ともだちの傘に入れてもらったり、親に連絡して迎えに来てもらったりしていたのだが、一人だけカバンを頭に乗せて帰ろうとしている人を見つけたのだ。
走り出そうとしているのを捕まえて、声をかけた。
「あのっ」
ネクタイが同じ色だったので同じ学年だと気づいた。
「なに?」
その人は雨の中呼びとめられたので、不機嫌そうに返事をした。
「これ…」
私は手に持っていた傘を差し出した。
「よかったら使って」
「でもこれ、君のでしょ」
驚いた顔をして言った。
友達でもない人にいきなり傘を差し出されたら驚いて当然だ。