ふうの首根っこを乱暴につかむイチを見て、瞳子が声を荒らげる。

「ちょっと! 酷いことしないで!」
「ああ、大丈夫だ、瞳子。イチは口が悪いだけで、弱いモノいじめはしないから」

と、いくら虎太郎がイチの弁護をしても瞳子の信頼は得られず、しまいにはイチがふうに無体を働かないという“誓約”を交わして、ようやく彼女を説得したのだった。

「……悪いな、イチ。お前の手をわずらわせることが多くて」
「本当ですよ。確か私は忠告申し上げましたよね? 大事になりますよ、って」
「……だな」

(萩原の問題を先送りにしたツケがこれだ)

反省しかりの虎太郎の前で、イチが髪結いの“(まじない)”をほどいた。口うるさい従者の面を脱ぎ捨て、ニヤリと笑う。

「ま、たまには里帰りもいいさ」

虎太郎にだけ聞こえるように言い、虎太郎の胸もとを片拳で小突く。

「───さて。では、私の代わりに、『水の龍』を置いていきますね」

まばたきと共にこぼれた涙を指先にのせ、イチが告げる。

「我より(いで)し源よ。その姿を龍に変え、彼らを導き、送り(たま)え」