もちろん虎太郎とて、瞳子の言葉を額面通りには受け取っていない。
しかし───。

「瞳子が何も言わないのに、こちらが何かあったと決めつけるのはどうかと思うが」

(それにあれは───)
おそらく、虎太郎に対しての配慮だろう。

「何かあった」と言えば、さらに自分が瞳子に対し、申し訳ない想いを抱えることへの気づかいだと受け取るほうが妥当だ。

「……てっきり性悪女だと思ってたので、意外でしたよ」

ボソッと漏らされた従者の本音に、虎太郎は思わず噴きだした。

「だからお前は、人に厳しすぎるっていうんだ」
「違います。貴方がお人好しすぎるから、私が厳しいくらいでないと、また変な女につかまりかねないでしょう?」
「……おい、人聞きの悪いことを言うな」
「事実でしょう!」

だいたい貴方は……と。
いつもの小言が始まったところで、失礼いたします、と、廊下から涼やかな声がかかった。

「お二人とも、瞳子さまがお待ちになっておられることを、お忘れではございませんか。(たわむ)れも、大概になさいまし」

スッと開いた障子の横で、桔梗の圧のある笑顔が、仔犬のじゃれ合いのような二人を静かに制したのだった。