涙を浮かべ、虎太郎の両頬を押さえながら、母が告げる言葉。
なぜ、こんなにも近くにいて自分を見つめているのに、母は自分を探すのだろう?

困惑、とまどい。そして、胸をしめつける、いいようのない、もどかしさ。

『ははうえ……わたしです。わたしは、ここにいます!』

強く言い切った自分の声は、獣の鳴き声となって、辺りに響いていた───。



「……若? 若、どうなさいました?」

急に押し黙ってしまった虎太郎を不審に思ったらしい【乳母(めのと)】が、けげんそうに見ている。

(いや)

額を押さえ、虎太郎は小さくうめく。……この者はいま、“神獣”モドキの自分の“花子”だ。

「サ……桔梗もイチも、オレをなんだと思ってやがる。仮にもお前らの“(あるじ)”だぞ、もう少し敬えっ」

あと、オレはもう若じゃねぇからな、とにらむ真似をすれば、一瞬真顔になった二人が、そろって虎太郎に抱きついてきた。

「なんだよぉ、()ねるなよぉ。ほら、コタも呑め呑め!」
「いやだ。若だって、わたくしのこと「サ……」って、言いかけてましたわよ、ふふっ」