「わたくしも、そう思いますわ。それに……瞳子さまがいれば、若の主張にも説得力が増すでしょうし」
「俺の主張? どういう意味だ?」
「あら、はぐらかしますか。ふふっ」
「ハハッ、ホンっトにコタは、可愛いなぁー!」

自身を幼い頃より知る二人の笑い声につつまれ、虎太郎は苦笑いでそれを受け流し、盃を傾ける。

(萩原の家に戻る───)

“神逐らいの剣”。弟のこと。幼馴染みでもあった、元妻。どれもこれも、投げだすように出奔した、自分。

この地───“上総(かずさ)ノ国(のくに)”に着き、わずらわしいことから開放された気でいたが、見てみぬ振りをした(おり)のような想いが腹の底にはあった。

───虎太郎の脳裏に焼きついた、幼い日の記憶。

『わたくしの……わたくしの虎太郎は、どこへ消えてしまったの……?』
『ははうえ、わたしはここにいます』
『いやっ……、どこ……どこにいるの、虎太郎……!』
『ははうえっ……!』

呼びかけても、振り返ることのない母。自分の目の前を、何度も往復して。やっと自分を見てくれたかと思えば。

『ああ、あなた。虎太郎を、知らない……? どこにもいないの。わたくしの可愛い虎太郎が』