そんな虎太郎の胸中を知ってか知らずか、イチはふたたび隣に腰かけた。
そのまま盃に伸びた手を虎太郎が阻止すると、軽くにらんだあと、口をひらく。

「ま〜、わざわざ教えなくても、コタの天性の人タラシっぷりを発揮すれば、半月あればどうとでもなるんじゃないの〜」
「……人聞きの悪い言い方をするな。あと、そのムカつくニヤけ(づら)もやめろ」

おれ元からこんな顔だお~、と。呂律(ろれつ)の回らないイチの横面を虎太郎はぐいと押しやった。
……まったくもって、酒癖の悪い従者で困る。

水を、と、思っていたところに、足音もなく近づく気配に目を向けると、桔梗が水差しの載った盆を虎太郎の側に置くのが同時だった。

「若、どうぞ」
「……その呼び方はやめろ。オレはもう、萩原(はぎはら)の人間じゃない」
「では───セキ様」

すねたような口調になったのは、この者との付き合いの長さと関係性からだ。
暗黙の了解によって桔梗の口もとに浮かんだ笑みに、虎太郎は気まずさを隠せない。

「なんだ? じーさんからの伝言か?」
「いいえ。わたくしがここに……、セキ様の“花子”に志願したのは、わたくしの意志によるもの。尊臣(たかおみ)様は関係ございません」