《三》

リー、リー、と。鈴虫の鳴く声だけが辺りに響いていた。
吹き抜ける風は湿度を含み、湯上がりと酒で熱くなった頬をなでていく。

(……ナニ、その顔)

瞳子の問いかけに、虎太郎は急に笑顔をなくし固まった。

「え? あんた、狼の“神獣”じゃないの? 『セキロウ』って、赤い狼のコトじゃないの?」

白狼(はくろう)という、無駄に綺麗な顔の男が、銀の毛並みの狼に変わったように。
赤狼(せきろう)というからには、虎太郎は赤い毛並みの狼になるのだろうと勝手に思っていた瞳子は、落胆した。

(えっ、違うの? あの男が特別なだけで、普通は“神獣”って言っても、獣になるわけじゃないの?)

あからさまにガッカリとしたのが、顔に出ていたらしい。虎太郎が申し訳なさそうに、言った。

「すまないな。瞳子の期待に応えてやれなくて」
「別に……いいんだけど……。
“神獣”って、獣の神サマのコトなんだと思ってたから」
「───ああ。瞳子のいう通りだ。“神獣”とは文字通り、獣の神のこと。その本性は、ケモノだ。
本来は獣の姿でいるモノが、人の世に降りた時、人の姿に“化身(けしん)”する」

そこで、いつになく真剣味を帯びた眼差しが虎太郎から向けられる。