(逆にオレは……どうしても『人』としての己を捨てきれない)

そして───人間でもなく“神獣”でさえもない自分が、この国で一体、何が出来るというのか。

虎太郎は、手の内の盃を(あお)った。

……本当は、イチの言いたいことも解っていた。
瞳子の力になってやりたいだけなら、もっと上手いやり方もあったはずだ。自らの“花嫁”になどせずとも。

イチは『特別な従者』だ。
人の世で暮らし育った虎太郎をこの国───“上総ノ国”の“神獣”に戻すため、天から遣わされたモノ。やりようはいくらでもあった。

にも関わらず、虎太郎は瞳子を自らの“花嫁”にすることを【選んだ】。
それは───。

「気に入られたんでしょう、あの方を。それなら、手放す必要はないと思いますがね」
「それは違うだろ」
「は?」

核心をついたはずの言葉を否定されてか、イチは不満を露わに虎太郎を見上げた。
その眼差しを真っ向から受け、虎太郎は切り返す。

「気に入ったからこそ、叶えてやりたいんだ。瞳子の願いを」
「…………恥ずかしいくらいの格好つけですね。そのヤセ我慢、いつまで続きますかね?」
「瞳子が帰るまでだから、半月の辛抱だろ?」