《二》

鈴虫の声が庭先から聞こえてくる。
夜半(よわ)の月は中天にのぼり、縁側で酒を酌み交わす【仮の主従】を照らしだしていた。

「……いけませんね」
「この酒か? 結構うまいぞ?
早穂(さほ)───あぁ、いまは桔梗か。あいつ、じーさんのトコからくすねてきたのかもな」

月光が映った(さかずき)を傾けながら虎太郎が言うと、タンッと自分の盃を脇に置き、イチがにらみつけてきた。

「貴方のその察しの悪さは時々阿呆……いえ、無神経だと他の者には思われますからお気をつけください。
───ではなく!」

苦言と見せかけ実は自分に対する悪口かと虎太郎が聞き流していると、不意にイチの表情が(かげ)った。

「あのおん……御方を、本当に元の世界に返してやるおつもりですか?」

瞳子に対する口の聞き方がなかなか直らない従者に苦笑いを浮かべつつ、虎太郎は当然だと応える。

「お前は俺に、瞳子との約束を反故(ほご)にさせたいのか?」
「えぇ、もちろんです」
「……お前な」

キッパリと応えたイチに、虎太郎は脱力した。

迷いなく道理に反することを言えるのは、やはり彼が『人間(ひと)』ではないからなのか。