瞳子は、母親を小学三年の時に亡くしていた。

当時、父親は健在であったが、母親の生前から女癖が悪く、滅多に家に寄りつかなかった。
その為、心配した母親の妹にあたる叔母が瞳子の面倒を見てくれたのだった。

「承知いたしました。明日には瞳子さまのご希望に添うお召し物を用意いたしますね」

にっこりと力強く微笑まれ、瞳子はあわてて言った。

「そんなっ……、急がなくても大丈夫です!」
「───瞳子さま」

微笑みの形を維持したままの桔梗の声が、一段、低くなる。

「まず、そのかしこまった言葉遣いは使用人には不要にございます。これは、改めていただかないと。
それから」

ぎゅっと、瞳子の両手を、桔梗の両手が包み込んだ。

「もし、わたくしに世話をやかれるのが心苦しいとお考えでしたら、こう思ってくださいまし。
───“花子”が“主”様のために何かを為すのは、“花子”冥利に尽きること。至福の時なのでございます」

少しカサついた手のひらが、温かい。じんわりと伝わるのは、久しぶりの人肌の優しい感触。
こそばゆいのに、ずっとこのままでいたい気分になる。