その者たちは、自分がいた元の世界に帰りたいと望まなかったのだろうか?
こんな見も知らぬ土地で、獣に変わる男の“花嫁”と呼ばれ、“(あかし)”なる傷(あと)のようなものを身勝手にも付けられて。

(冗談じゃないって、ふざけんなって)

訴えなかったのだろうか……?

(まぁ、仮に訴えたとしても、誰も聞く耳を持ってくれなかったのかも)

白狼の屋敷にいた、“花子”たちの態度からすれば、想像にたやすい。しかし───。

「瞳子さま?」

自分の思考に取りつかれた瞳子を桔梗が心配そうに見上げてきた。

「今すぐにお決めにならずとも、良いのですよ?」
「ああ、えっと……はい。
そうですね。この、一枚目の上衣と、三枚目の下衣を合わせた感じっていうか……」
「なるほど、垂領(たりくび)に筒袴ですね。上衣の丈はどのくらい───」

真剣に瞳子の話を聞く桔梗の様子に、次第に申し訳無い気持ちになってきた。
……そう、この桔梗の態度だ。

(半月しか、居るつもり、ないのに)

桔梗が、これほどまでに瞳子のことを親身に気にかけてくれるとは、思わなかった。

(それに……やっぱり、似てるんだよね)

瞳子の叔母に。
面立ちだけでなく、雰囲気といったところか。