自分が生まれ育った世界に戻りたい。ここは、瞳子のいるべき場所ではない。

そう思う一方で、何か……決定的に欠けているものが瞳子のなかにある気がした。

ぐっと、瞳子は奥歯をかみしめる。
ネズミをにらむように見下ろした。

「アンタ、名前は?」
「へ? あた、あたチのれチュか?」
「そうよ。一緒に行くなら、アンタの名前を呼べないと、不便だわ」

びくッ……と、小さな身をいっそう縮めたネズミが、瞳子の言葉に意外そうに首を傾げた。

一瞬のち、ヒゲをそよがせる。

「あたチの名前は───」

ネズミが応えかけた、その時、だった。

『見つけましたぞ』

海鳴りに似た声が、瞳子の頭のなかで響く。

眼前では鉛色の砂が、磁石に引き寄せられる砂鉄さながらに立ち上がった。

───否。
砂のなかから、昔話の絵本で見たような、大きな入道が現れた。

「な、なにッ……⁉」

反射的に後ろへ飛び退()き、瞳子は身の内に走った危険信号に従い走りだす。
が、重い砂に足を取られ、いくらも進めぬまま転んでしまう。

「お逃げになりますな。
手荒な真似は控えよとの、“(あるじ)”の仰せがございます」