《五》

「ここ……どこ……?」

遠く、かすかに聞こえてくるのは、波の音。
なじみのある潮風が、頬をなでていく。

見上げれば、松の枝の向こうは藍色の夜空。
くっきりと、輪郭をあらわにした月が浮かんでいた。
位置からして、(よい)の口だろう。

「トーコしゃん。これから、どうチまチュか?」
「これから……」

問われて瞳子は、自分が途方に暮れていることに気づく。

あの怪しげな狼男や、それに付き従う女たちがいる屋敷から抜け出しさえすれば、何かが変わると考えていた。

だが───。

こちらを窺うように見ている茶褐色の小さな生き物。
言語を話す、ハツカネズミ。

遠くに目を向けても、店はおろか、飲料水の自販機さえも見当たらない。

日本国内であれば当たり前に見つけられるはずの、地名の記された、電柱や外灯も。

───ここは、瞳子が31年間暮らした世界では、ないのだ。

「なんで……私……こんなことになってるの……?」

呆然とつぶやく瞳子に、ネズミが言った。

「あたチと、旅をチまチュか?」
「……旅……?」
「ちょうれチュよ。トーコしゃん、行く宛てはあるのれチュか?」
「行く、宛て……」