しめ縄の内側へと潜りこんだ瞳子を見届け、イチがおもむろに口をひらいた。

「これより、“上総ノ国”の“神獣”、赤狼が“花嫁”、月島瞳子の“返還の儀”を執り行う。
───東西南北において護りし、我が“結界”よ」

舞うように動くイチの狩衣の(たもと)が、夜気をはらむ。

「いまは()れへ、集い(たま)え」

柏手をうったイチは、自らの胸の前で手を合わせたまま、ひじを水平に保つ。

すると、かがり火が照らす、上空。

(なに、アレ……!)

浮かび上がったのは、東方に水の龍、西方に光る虎、南方に火の鳥、北方に(くろ)き亀。
流れる水のごとき軌跡を描いて、まず龍が。
次いで、射かけられた矢を思わす速さで虎が。
炎をまき散らすようにして飛翔した鳥が。
最後に、地響きをあげながら亀が。

それぞれ、煙のようなものへと姿を変え、イチの合わせた手のなかへと吸い込まれていった。

(よく解んないけど……イチがただの『口うるさい従者』じゃないことだけは、解る)

いつもは(ゆわ)いている黒髪を下ろし、頭には大きな獣の耳があり、血の色のような赤い瞳が爛爛(らんらん)と輝いている。
霊獣を思わすそれらを従えるその力量は、瞳子には計り知れない。