このままセキの側で過ごし、赤い“神獣”の“花嫁”として生きていくとしても、誰に責められることもない。
瞳子には親もなく、兄弟姉妹も恋人もいない。別れを惜しむような、親しい友人も。

希薄な人間関係しか築けなかった世界。だから、自分が「帰れない」と知った時、心のどこかで諦めもついていた。

(ただ……悔しかっただけ)

この“陽ノ元”という世界に喚ばれたのが、何も持たないからだと、妙に納得できてしまうのが。

瞳子は、こんな自分にも【あちら】の世界に必要とされた事実があったのだと、思いたかった。
同時に、誰も知り合いのいないこの世界で生きて行くのにも、頼る者のない自分の【よすが】とするものが、欲しかったのだと気づく。

(私にも『帰る場所』があるんだって、思いたかった)

頑なに言い続けたのは、何もない自分を認めたくなかっただけなのだ。

(でも───)

いま、瞳子の右手をつつみこむ、大きな手のひら。そこから、あたたかなぬくもりが伝わってくる。

見上げる先、赤茶色の髪をした人好きのする顔の青年がいて。
本性は赤い狼の“神獣”とは思えないほどの、優しいこげ茶色の眼が、瞳子を映しだしていた。