幼い頃より自分を律し、感情を押し殺し、周囲の大人の思惑をうかがってきた。『虎太郎』はいずれ萩原家の当主となり、人の上に立つ人間だったからだ。

実緒や虎次郎に対しての振る舞いも、内々だけのもので、対外的には良識をもつ家長であることに徹していた───“神獣”として在れと、イチを通じて“神獣ノ里”からの達しがあるまでは。

(オレはもう、『萩原の家長(もの)』じゃない)

己を支配するのは律令や家名でなく、目の前にいる瞳子という“花嫁”だけなのだ。

(それなら……いいのか)

欲望を、表に出しても。瞳子の心と望みを裏切らない限りは。

「───っ」
「瞳子は、思い違いをしてる」

手離したはずの距離をふたたび縮め、本当はずっと気になっていた【そこ】に、唇を寄せる。肌に触れ、ささやく。

「オレが、どれだけ瞳子を欲しているか」

つかんだ両腕の下、ビクッと震えた身体がこわばるのを感じながらも、セキはそのまま、瞳子ののどもとに吸いついた。

「んっ……」
「少しどころの話じゃ、すまないってコトを」

こぼれた瞳子の吐息が否応なくセキの情欲を(あお)ったが、そこに続く拒絶の悲鳴が聞こえないことが、逆に胸をしめつける。
瞳子がセキ自身を信頼しているからこそ、震えはしても止めはしないのだと解るから。