懐かしい呼びかけに、振り返る。
そこに立つのは、人懐こい目をした十五六の少年。その見目にふさわしくない年数を魂が刻むのは、彼が“神獣”と呼ばれるモノゆえ。

セキの傍らで犬貴が片ひざをつき、そちらに向かい(こうべ)を垂れた。
セキは、少年の声域でありながら老成した響きの言を放つ存在に、おののく。

「コクのじい様……いや、コク様、なんで……」

あっけにとられたのは、彼ら───下総ノ国の黒き神獣・闘十郎(とうじゅうろう)と、その花嫁である百合子(ゆりこ)が、長らく方ぼうを旅している事実を知っていたからだ。

「そちらから呼び寄せておいて、何も聞いてないのか? ……闘十郎、どういうことだ」

玲瓏(れいろう)な声音の黒髪の美女、百合子が自らの伴侶を()めつける。

(今回は湯治という名目で百合様のお好きな温泉地を巡っていたはず……)

不機嫌そうなのは、いまに始まったことではない。百合子が常にピリピリとした空気をまとっているのは、セキも知っている。

「コタ坊、朔比古(さくひこ)から聞いてはおらぬのか? おぬしが赤い“神獣”として“花嫁”を迎えた祝いに、力を貸してくれと頼まれたのだがの」

(……イチ……!)

またしても、先手を打っていたらしい朔比古ことイチの所業に、セキは怒っていいのやら感謝していいのやらで、深い溜息をつく。