(“ひのもと”って……『日本』のことじゃないの?)

時間を遡る現象にでも巻き込まれたのかと思いきや、それだけではない何か不可思議な世界にいることは確かだ。

“神獣”と呼ばれる人型の存在がいて、その“神獣”と“花嫁”に仕える“花子”という者達がいる。

瞳子は歴史学者ほどの知識は持ち合わせていないが、それでも、学生時代の日本史の成績は悪くなかった。

その自分ですら、過去の日本でそんな歴史的事実があったとは読んだことも聞いたこともないのだ。

(過去の世界……では、ないってことだよね)

とはいえ、あの男───“神獣”だという白狼(はくろう)と、“花子”の菖蒲とその見習いセツらが結託して瞳子をだましている可能性は、完全には否めない。

(でも、タクシーすら知らないって、どんな田舎だよって話だし)

やはり、ここは、瞳子のいた世界とは違うということなのだろうか……?

吹き抜ける少し冷たい風は、瞳子に秋を感じさせた。

自分が彼らのいうように、“陽ノ元”なる【異世界】にやってきたのだという実感を、もたせないものだった。

(なんとかして、ここから外に出てみれば、状況も変わるかもしれない)

瞳子はそう思い、菖蒲の名を呼んだ───。