黒虎毛の犬の獣人に羽交い締めされている、歳の頃は十七八の小柄な男。無表情ではあるが、整った容貌(かお)をしている。

「は? ホント、希海(きみ)って戦闘能力低くてヤんなる。……放してやって。コッチも勘弁してやるし」

言いつつも、しっかりセキの腹に打ち込まれた拳は、「勘弁してやる」の意味に添ってか、ただの「女の拳」ではあった。
見た目よりも重い打撃を受けつつ身体は堪えたが、セキは、視線の先、消えていた犬貴が現れたことにホッとした。

(犬貴殿に何かあったら咲耶様に面目ないと思ったが)

無用な心配だった。
セキの窮地を救い、黒い神獣・紅の弱点であるはずの(つい)を捕らえてくれたのだから。

「……我らはそちらと話がしたいだけ。ご了承願おうか」
「分かったって言ってるだろ! 希海は非力なんだぞっ」

犬貴が念を押すと、紅の表情にあせりが見てとれた。

薄まりつつある霧のなか、改めて見た紅の顔には、左半分を黒い模様が覆っていた。
セキには一瞬、理解に苦しんだが、ひょっとしたらこの模様を紅本人が嫌い、自らを『醜女』と思っているのかもしれない。

(何かの“(まじない)”かと思ったが、望んでついたものではないのか)