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だから、男なんて信じられなかった。男は、いつか裏切る。

父親も、叔父も、元彼氏も。取り立てて良い人間だとは思っていなかった上司ですら、あのザマだ。

(男なんて、みんな同じ……!)

涙が、あふれる。熱い涙だった。
こぼれ落ちた雫は耳のなかに入りこみ、その感覚に震えが走る。

「……っ……」

思わず開けた目に、ぼんやりと映りこむのは薄闇だった。視界の端で何かが動いたかと思うと、額にひやりとしたものが置かれる。

「オレが、代わってやれたら、いいのにっ……」

嘆く声に、混濁した意識のなか、瞳子は思いだす───男がすべて『同じ』ではない、と。

(もう一度、信じても……いいのかな……?)

この(ひと)は、違うと。今まで瞳子の周りにいた男とは違うのだと。

そんな風に思いかけて、瞳子は、ふと自分の思いつきに笑う。

(そうだ。セキは『(ひと)』じゃない……『神獣(おおかみ)』だった……)

思うようにならない片手を伸ばし、触れようとした存在は、瞳子の想いを汲んだように、今は冷たく感じるその指先でもって、瞳子の手をにぎり返してくれた───。

       *

セキが、そうして瞳子の側で三日三晩、寝ずの看病をしてくれていたと知ったのは、彼が屋敷を留守にしたのちのこと。
“花子”の桔梗(ききょう)から、伝えられたのだった。