「なんで?」
「……んー、予約しておかないと、瞳子さん、誰かに()られそうなので」
「は?」

樋村の言動は、時々おかしかった。彼のなかで自己完結しているような、そんな感じだ。

(まぁ、別にいいけど)

瞳子のほうも、深くそれを問い質すことはなかった。樋村とそうして過ごす時間は、悪くなかったから。

──なのに。

「すみません! 瞳子さん」

付き合い始めてから三ヶ月ほど経った、その日。
トラベルセットを持って、待ち合わせの場所に行った瞳子に樋村はまず、そう言った。

「他に好きな人ができて、その人に……赤ちゃんが、できてしまって」

誰にでも愛想がよくて、いわゆるイケメン。
そんな男は願い下げ、と、敬遠し続けた瞳子の心に、少しずつ入りこんできた存在。

「あんた、何言ってるの?」

ようやく、信じられる相手かもしれないと思い始めていたのに。

「本当に、すみません。僕と、別れてください」

深々と頭を下げた、樋村。その、告げられたあまりの内容にカッとなるまま、

「豆腐の角に頭ぶつけて死んじまえっ!
二度と私の前に、そのツラ見せんな、馬鹿野郎ッ」

精一杯の虚勢からくる、呪いのような捨て台詞を瞳子は吐いてやったのだ。
そして、数週間後。樋村は転職し、瞳子の目の前から居なくなったのだった……。