(人の好意って、時にメンドイよね……)

これを食べたら、何か礼をしなければならないのかと思うと、憂うつだった。

(あ……)

味覚の記憶というのは、不思議なもので。瞳子は、叔母───朱鷺子に初めて買ってもらったショートケーキを、その瞬間、思いだしてしまった。

鼻に抜ける生クリームの香りと、やわらかなスポンジの食感、そして、ほんのりとした苺の甘酸っぱさ。
そこに、涙の塩味が加わるとは。

(……樋村のヤツ、覚えてなさいよ!)

瞳子は、休憩室の片隅で、他の従業員らに気づかれないよう、こっそり鼻をすすった。

       *

その後、瞳子は樋村と付き合うこととなる。
理由は定かではない。
強いて言えば、人恋しかったのだとあとから気づく。(ただ)ひとり、親身になってくれた肉親を亡くしたばかりで、誰かに頼りたかったのかも知れない。

結果、三ヶ月後に、瞳子は樋村に裏切られたわけだが。

(あいつの……どこが良かったんだっけ……)

熱い息が、自らの口から吐きだされ、見上げた先の天井が、かすんで見える。

「瞳子」

呼びかけられ、返事をしたいのに思うようにならない言葉。うめくように声を発すれば、冷たい指先が瞳子の頬をなでた。

(セキの、指。気持ちいい……)