小学生の頃の記憶はおぼろげだが、孤高の狼に人間が関わり、観察した記録書だったように思う。

瞳子の右手が、上がる。
近くで見ると、白というより銀色に見える毛並みは、触れると少し硬く、枝分かれしていた。

(狼だ)

興奮が、瞳子の身を震わせる。
こちらを見つめる青灰色(せいかいしょく)の瞳は、吸い込まれそうに澄んでいた。

(狼だ、狼! しかも、銀色……綺麗……)

うっとりと、その毛並みをなでかけた瞬間、

『……この姿の僕のほうが、あなたは気に入ったようですね』

失望を隠せないかのような【声】が脳内に響き、瞳子はぎょっとして辺りを見回した。

男の姿はなく、この部屋に居るのは自分と目の前の銀色の狼だけ。

信じたくない思いと信じられない思いが瞳子のなかで交錯する。

ああ、と、瞳子は胸中でうめいた。

(信じたくなくても、信じられなくても、認めなくてはならない真実は、確かにある)

そんな言葉が、瞳子のなかによみがえった。過去に読んだ小説のなかの一節だ。

「……認めるわ、あんたが狼の“神獣”なんだってこと」
『では───』
「けど、そのことと、あんたが私にしたことは別。(ゆる)さない」

狼の目が、瞳子の断罪を受け入れるかのように伏せられた。