あれ、と、指された先にいるのは銀色の髪をした白装束の若い男───間違いなく、白い“神獣”白狼だろう。

瞳子たちからやや離れた位置で座り込む、彼が自ら押さえた手の甲からは血が流れている。
側に立つ保平は、興奮のあまりか烏帽子(えぼし)をかたわらに落とし、禿()げた頭をさらしていた。

(これは……参ったな)

まさか、自分の手を離れた“神逐らいの剣”──『付喪神(つくもがみ)』が勝手をやらかすとは。

「いや、ならぬ。もう剣に戻れ」

その先は声には出さず、セキは“神逐らいの剣”を従わせる。
真名(なまえ)を知る者としての特権と義務においての命じ。

『……()れだから、萩原の者は好かぬ』

すねたような口調でぼやくと『付喪神』は元の姿に戻り、セキは瞳子へと歩み寄った。

「瞳子、無事か?」
「うん、私は……けど」

剣を拾い上げ、瞳子が手渡してくる。その目が、ちらりと白狼のほうを見やった。
視線の意味を理解し、セキは言外に告げる。

「イチ、頼む」
「承知いたしました」

心得たようにうなずいたイチが白狼への手当てを申し出ると、保平は不承不承 受け入れた。
肝心の白狼はといえば、物言いたげにこちらを見ている。

一瞬、セキは彼と目が合ったように感じたが。

(いや、オレじゃない───)

白狼が見ているのは、セキと共にある瞳子だった。