《四》

瞳子は、何事もなかったかのように(かたわ)らを歩くセキをよそに、顔の火照(ほて)りを落ち着かせようと必死になっていた。

(潮風! もっと吹いてよ! なんで()いだ感じなの!?)

欠けた月が、藍色の夜空に浮かぶ。琥珀(こはく)色のそれは、宵闇を照らし輝いていた。

(もうっ、なんで? なんでコイツ、あんなえっろいキスかましといて平然としてられるの? 腹の立つ!)

癖のある赤茶髪の後頭部をなぐりつけたいくらい、憎らしい態度だ。
瞳子にとっては、このあとの会談の心配事が吹き飛んでしまうくらいの『触れ合い』だったのだが、セキのほうは違ったようだ。
それが、瞳子には無性に悔しい。

「お出ましか」
「の、ようですね」

低く独りごちるように言ったセキの視線の先の姿を認め、イチも何かを含むように同意する。

セキ達と出会った松林を抜けると、海岸の砂地に複数の人影が見えた。

「これはこれは、随分と悠長なお越しだね、我が“上総(かずさ)ノ国”の赤い“神獣”サマは。
『人』としての年数が長いと聞いていたが……今やすっかり『神の威』を身につけたと見える」

わざとらしいくらいの大仰な仕草で扇を広げ、狩衣(かりぎぬ)烏帽子(えぼし)という平安貴族風な装いの男が近づいてくる。