「イチ! お前っ……!」
「あ、私に怒鳴るのは筋違いですからね? 瞳子サマがここまで追いつめられたのは、いったい誰の責任ですか?
だから妙子(たえこ)にまで、意気地なしのへっぽこ狼め! って、言われるんですよ」
「そこまで言われてねぇっ」
「では、終わったら呼んでください。
───とりあえず、刻限迫ってますので、お早めに願いますね~」

言うなり、現れた時と同様、イチは消え失せた。
セキは、崖から転がり落ちた衝撃とは、違う意味の頭痛に襲われる。

「……ああ、その……。瞳子、いろいろ悪かったな」
「なんでアンタが謝るのよ? 謝るのは私のほうなのに!」

額を押えてうつむくセキに、瞳子の不満げな声がかかった。

(……やっぱり瞳子は可愛いな)

ふっ……と。自然と浮かんだ笑みのまま、ようやく愛しい存在をまともに目に映す。
眉をつりあげ、目じりには涙のしずくを残し、怒りのためか紅潮した頬と、引き結ばれた唇。

(ああ……瞳子だ)

「───触れてもいいか?」
「っ、いちいちそういうの、訊かないでよ!」

ますます頬を染めて、セキをにらむように見上げてくる瞳子は、凶悪なほどに可愛い。
魂ごともって行かれそうになっている自分がおかしくて、苦笑いが浮かぶ。